所沢市の概要
所沢市は、埼玉県の南部に位置し、東京都と接しています。プロ野球球団、西武ライオンズの本拠地として全国的に有名です。都心のベッドタウンとして住宅都市に発展する一方で、西部には狭山湖・インボイスSEIBUドーム、北部には農地が広がり、南部にはアニメ「となりのトトロ」の舞台となった狭山丘陵など、武蔵野の自然が広がっています。
所沢のあゆみ
武蔵野台地のほぼ中央に位置する所沢には、砂川遺跡をはじめ、多くの遺跡や貝塚が点在しており、旧石器時代と言われる1万年以上前から、人が暮らしていたと伝えられています。
奈良・平安時代には武蔵国国府と上野国国府を結ぶ官道(東山道武蔵路)が築かれ、市域の中央を南北に走っていました。その後、この道を行き交う旅人の難儀を救うため、武蔵国悲田処(行路病人などの救護施設)が大字久米あたりに造られます。
また、平安末期に関東各地で武士団が台頭し始めると、武蔵七党の一派、村山党がこの地に居を構えました。
鎌倉時代になると、東山道武蔵路は鎌倉街道として軍事・経済的に重要な幹線道路として整備され、市域は上道と間道である堀兼道・羽根倉道の合流地点として栄えました。
元弘3年(1333)、上野国から進軍してきた新田義貞と北条氏が小手指ヶ原で激突し、同年、鎌倉幕府は滅亡し、室町幕府が開かれることとなります。
戦国時代には、有力武将たちが近辺地域に城を築きました。市域は後北条氏の支配下にあり、地豪の大石氏が統治していましたが、豊臣秀吉によって攻め滅ぼされます。その痕跡が現在の滝の城址として残されています。
江戸時代には江戸街道が整備され、東(江戸街道)西(秩父道)南(府中・八王子方面)北(川越方面)へ延びる主要道路の中継地、あるいは物資の集積地として繁栄しました。 特に「所沢飛白」や「湖月縮」と呼ばれる綿織物が有名で、明治には「蔵造り」の商家が軒を連ねるようになりました。
また、市北部の富岡地区では川越藩の柳沢吉保による三富新田開拓が行われ、野火止(のびどめ)用水や見沼(みぬま)代用水が開かれるなど、穀物地帯として発展しました。
明治に入ると、市域は韮山県、品川県、入間県、熊谷県と移管された後、明治9年(1876)、埼玉県に組み入れられます。その後、市制施行や村町村合併を経て、昭和30年(1955)に現在の所沢市が誕生しました。
また明治44年(1911)、現在の並木地区一帯に日本初の飛行場が設置され、飛行演習などが行われるようになりました。敗戦後、飛行場および周辺施設は米軍に接収され、現在でも一部は返還されたものの、通信基地として残っています。
昭和20〜30年代に沖縄からの移民団が新所沢東部や小手指付近に入植・開拓を行い、その後も小手指や新所沢地区を中心に住宅開発が行われた結果、著しく人口が増加し、市制施行時には約4万2千人であった人口が、平成12年(2000)には33万人を突破しました。同14年(2002)に特例市へ移行し、発展を続けています。
所沢の名前の由来
・平安時代に在原業平朝臣が東国巡行でこの地に訪れた際、野老(ところ=ヤマイモ科の多年生つる植物)が多く野生しているのを見て「野老(ところ)の沢か」と、呟いたことから
・アイヌ語のト・オロ・ベツ(沼を持つ川)から
・盆地で中央を川が流れている形を「フトコロ」に見立てて、「フトコロ沢」と呼んだことから
など、さまざまな諸説があります。
 |
 |
 |
 |
| 所沢の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
所沢市立埋蔵文化財調査センター
|
| 住所: |
〒359-1152
埼玉県所沢市北野2749-1 [地図を見る]
|
| 電話番号: |
04-2947-0012 |
| 開館時間: |
8:00〜17:00 |
| 休館日: |
土・日曜日 |
| 入館料: |
無料 |
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
|